鈴木敏夫の経歴や学歴・プロフィールまとめ!エピソードも紹介!

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2023年4月4日、アニメーション映画製作会社「スタジオジブリ」は3月末で星野康二会長兼社長(66)が退任し、後任の新社長に、代表取締役プロデューサーの鈴木敏夫さん(74)が就任したと発表しました。

鈴木さんは2005年から08年にかけて社長を務めていましたので、再任ということになりますね。

そんな鈴木さんの経歴や学歴・プロフィール、エピソードについてまとめました。

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鈴木敏夫のプロフィールは?

鈴木さんのプロフィールです。

  • 本名:鈴木敏夫(すずき としお)
  • 生年月日:1948年8月19日(2023年現在 74歳)
  • 出身:愛知県名古屋市
  • 最終学歴:慶応義塾大学文学部卒業
  • 職業:編集者・映画プロデューサー
  • 肩書:徳間書店取締役、徳間書店スタジオジブリ・カンパニープレジデント、徳間書店スタジオジブリ事業本部本部長、東京大学大学院情報学環特任教授、スタジオジブリ代表取締役社長などを歴任

肩書として、取締役社長や本部長・特任教授などを様々な役職を歴任しています。このことからも才能ある人物ということが伝わってきますね。

鈴木敏夫の学歴は?出身小学校・中学校・高校・大学は?

鈴木さんの出身小学校は「名古屋市立金城小学校」です。

住所:〒462-0847 愛知県名古屋市北区金城3丁目11−6

電話番号:0529112461

小学校卒業後、鈴木さんは中高一貫校である「東海中学校・高等学校」に通います。

偏差値は「73」です。

住所:〒461-0003 愛知県名古屋市東区筒井1丁目2−35

電話番号:0529365111

高校卒業後は「慶應義塾大学文学部」に進学しています。

偏差値は「65」です。

住所:〒108-8345 東京都港区三田2丁目15−45

電話番号:0354271517

常に偏差値が高い学校に通っており、学力が高い人物であることがわかりました。

鈴木敏夫の経歴は?

鈴木さんの経歴です。

  • 1967年 – 慶應義塾大学文学部入学。
  • 1972年 – 徳間書店入社。
  • 1982年 – 徳間書店『月刊アニメージュ』副編集長。
  • 1986年 – 徳間書店『月刊アニメージュ』編集長。
  • 1989年 – 徳間書店退社。
  • 1989年 – スタジオジブリ入社。
  • 1989年 – スタジオジブリ製作部部長。
  • 1990年 – スタジオジブリ取締役。
  • 1997年 – 徳間書店スタジオジブリ・カンパニープレジデント。
  • 1999年 – 徳間書店スタジオジブリ事業本部本部長。
  • 2004年 – 東京大学大学院情報学環特任教授。
  • 2004年 – スタジオジブリ社長。
  • 2008年 – スタジオジブリ取締役。

続いて主な作品群です。

  • デジタル・デビル物語 女神転生(1987年) – プロデューサー
  • 魔女の宅急便(1989年) – 制作補
  • おもひでぽろぽろ(1991年) – プロデューサー
  • 紅の豚(1992年) – プロデューサー
  • 平成狸合戦ぽんぽこ(1994年) – プロデューサー
  • 耳をすませば(1995年) – プロデューサー
  • ジブリ実験劇場 On Your Mark(1995年) – プロデューサー
  • もののけ姫(1997年) – プロデューサー
  • ホーホケキョ となりの山田くん(1999年) – プロデューサー
  • サトラレ TRIBUTE to a SAD GENIUS(2000年) – 製作
  • 式日(2000年) – 製作
  • リセス ぼくらの夏休みを守れ!(2001年) – 製作
  • 千と千尋の神隠し(2001年) – プロデューサー
  • めいとこねこバス(2002年) – プロデューサー
  • コロの大さんぽ(2002年) – 製作プロデューサー
  • 猫の恩返し(2002年) – 製作プロデューサー
  • ギブリーズ episode2(2002年) – 製作プロデューサー・キャラクター原案
  • イノセンス(2004年) – プロデューサー
  • ハウルの動く城(2004年) – プロデューサー
  • ゲド戦記(2006年) – プロデューサー
  • 真・女立喰師列伝(2007年) – 題字
  • 崖の上のポニョ(2008年) – プロデューサー
  • チェ 28歳の革命 / 39歳 別れの手紙(2009年) – キャッチコピー(ブレヒトの『ガリレオ・ガリレイの生涯』をひねったもの)
  • 借りぐらしのアリエッティ(2010年) – プロデューサー
  • コクリコ坂から(2011年) – プロデューサー

こう見ると、本当にたくさんの作品の製作やプロデュースをしていることがわかります。しかもほとんど全てが人気作品ですよね。

ジブリ作品はわかるのですが、まさか女神転生のプロデュースまでしているとは知りませんでした。

鈴木敏夫のエピソードって?

鈴木さんと宮崎駿さんとの有名なエピソードがあります。

それは2人の始めての出会いについてですね。

徳間書店で、アニメージュの編集をしていた鈴木敏夫は、高畑勲監督、宮崎駿がアニメーターを務めた「太陽の王子 ホルスの大冒険」という作品の評判を聞き、高畑へ取材依頼の電話をかけたのだという。
 電話に出た高畑は、取材を受けたくないらしく、「なぜ取材を受けなければいけないのか」という理屈を1時間に渡って、やりとりしてきたのだという(笑)そこで、高畑が「ホルス」を一緒につくった男を紹介するといい、電話に出たのが、宮崎駿だったという。これが鈴木敏夫と宮崎駿の出会いだ。
 電話に出た宮崎は、隣で高畑の電話を聞いていたといい、取材は受けるが、8ページじゃなく16ページで特集を組め!と言ってきたらしい(笑)「ホルス」を語る上で、東映の組合活動から、語らなければならないから、16ページは絶対に必要だと30分、熱弁されたのだという。
 鈴木は、圧倒されながら、取材をすることは一旦諦めたのだという(笑)

鈴木敏夫と宮崎駿の出会いや熱いエピソードまとめ – はーとぼいるどワンダフル。 (hatenablog.com)

これだけ読むと、宮崎駿さんはとてもクセの強い人物であることがわかります。そして、そのクセの強い人物を相手にしてきた鈴木さんはとても懐の深い人物であることがわかりますね。

そして鈴木がスタジオへ取材に行きますが、宮崎駿夫さんは取材に答えてくれなかったそうです。

そこから3日間隣に居座り、ようやく3日目に話をしてくれました。そこから鈴木さんは毎日のように宮崎駿さんに会いにいくようになりました。

鈴木さんの懐の深さや器の大きさがわかるエピソードですよね。

まとめ

鈴木さんの経歴や学歴・プロフィール、エピソードについてまとめました。

スタジオジブリの作品がここまで有名になったのも、鈴木さんの手腕による部分がかなり大きいのではないでしょうか。

再びスタジオジブリの社長に就任した鈴木さんの舵取りに注目していきたいと思います。

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